2675年 5月 12日 探訪
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別段何と云ふ事も無い無名橋でありますが、當然の如く如何にもさうな年代だらうと思はれる爲に取上げます。 が、橋其物依りも場所的に面白いのであります。 目前に見えてゐるのが、以前に取上げた茂木町小井戸地區の未成國鐵長倉線の築堤でありまして、 【茂木町小井戸 未成國鐵長倉線 栃木縣道廿七號線架道橋】 の直傍だと云ふ事であります。 では此方、左岸側から見て行きます。 |
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當然の如く無記名なのでありますが、其依りも見所は、田圃から結構土盛されて架橋されてゐると云ふ事であります。 |
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當然此方側もであります。 如何にもで綺麗な石積が少々アレでありますが、後年に成つてからの補修若くは補強でせうか。 嗚呼、併し未成物件の土盛の地肌が見えてゐるのが何か素敵であります。 |
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まあ、橋的には昭和卅年代後半から四十年代前半頃の物件では無いかと推察致します。 きつと其以前とは道路の幅員が違ふでせうし、此だけ土盛されて架橋されてゐると云ふ觀點から、であります。 其にしましても上側の鐵管、隨分と位置が高過ぎる樣な氣がし無いでも無いのでありますが、是で良かつたのでせうか。 |
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ぱつと見に單純桁とかスラブ形式と云ふ樣な主桁である事等からして、西暦で云ふ1960年代後半から1970年代、所謂昭和四十年代物件の樣な氣が致します。 では、右岸側へ移動致します。 |
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當然の樣に無記名であります。 |
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同上。 |
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して、まあ、各地で當り前に見られる光景で締括りませう。 因に、先の右側に見えてゐるのが栃木縣道二七號線架道橋であります。 併し此方、後郷と書いてウラガウと讀むとは、結構難しいなと思ひました。 以上、御附合有難う御坐いました。 |