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小貝川の堤防の切目の奧に其は架つて居りました。
多分河川改修前から此位置に架つてゐるので其儘なのかも知れませんが、堤防から堤防への架橋で無い事も珍しいと云ひますか、小貝川にはもつと下流、
茨城縣には沈下橋とか潛水橋の類が數本在りますので、若かしますと此方もさう云ふ扱ひの橋なのでせうか。
其にしましては立派でありますが。
と云ふ部分は些細な事でありまして、航空寫眞からストリイトビウで見た時の衝撃は凄い物でありました。
もう御氣附でせうが、高欄が鐡索なのであります。
此な橋、正直初めて見ましたよ。
では、此方右岸側から見て行きます。 |
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如何、凄いでせう。
其に親柱の痛み具合も何でなのか不思議なのでありますが、高欄の佇ひが全てを壓倒して居り、然し度る問題では無い樣な氣が致します。
と云ひますか、親柱の傍の、何かの御祭のアレなのでせうか。
其共何かの御呪なのでせうか。
さう云ふアレで親柱はアレなのでせうか。 |
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こかいがわ。
現代假名遣ひでありますね。
親柱はがつちりと混凝土で補強され、鉢卷の樣に反射テエプが卷れて居ります。
親柱上部の飾りも無く成つてゐる樣であります。 |
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阿部岡橋
うゝん、行也「橋」の字は異體字の「𣘺」でありますか。
と云ふかきちんと表記出來無いので、ネット上から拾つて來ましたよ、𣘺。
嗚呼併し此親柱の前の飾り、草鞋迄附てゐて一體何なのでせう。 |
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併し何と云ひますか、高速道路等のガアドロオプでありましたら分るのでありますが、
橋の高欄としましては、其役割がきちんと發揮出來るのか、些か疑問であります。
特に此方、何故か柱の外側に鐵索が張つて有りますので、必ず柱には衝突する仕組でありますし、其柱自體の固定方法もねえ、
御覽の通りでありますから、本當、一體何を護つてゐるのか不思議な橋であります。 |
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排水桝は結構簡易的であります。
では左岸側へ移動致します。 |
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昭和四十年三月竣功。
此方は唯一、原型を保つてゐる樣であります。
裝飾は派手でありますが。
反射鏡、此位置で良くまあ無事でありますね。 |
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小貝川。
銘板が石つて結構御金掛つてゐるのでは無いでせうか。
何と無く、眞鍮や銅の方が安上りに思へるのでありますが。
併し破壞度合、逆に感心致します。 |
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横から橋脚を見て驚いたのでありますが、二本の混凝土柱では一寸華奢な印象なのでありますが、之でばんばんと貨物車が往來してゐるのには驚きました。
其と年代的に考へて、三徑間の混凝土桁橋と云ふのも何かアレぢや無いのかとか思つたり、矢張高欄が鐡索とか、色々興味は盡無い橋でありました。
護岸の塊團も初めて見る型でありましたし。
して、何時頃から斯う云ふ具合に堤防の内側に成つたのかと思ひ航空冩眞を眺めてゐたのでありますが、
如何やら昭和五一年以降五七年迄の間の樣であります。
多分小貝川の水害か何かの對策で、も少し外側に堤防が築かれる事に成つた爲に、斯う云ふ具合に成つたのだと思ふのでありますが、
如何して堤防建設と同時に架替と成ら無かつたのか、其が不思議と云へば不思議でありました。
まあ御蔭樣で斯うして見られた譯でありますから、さう云ふ點では良かつたと思つて良いのでせうか。
以上、御附合有難う御坐いました。 |