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此方は國道一一九號、通稱日光街道の徳次郎交叉點から北上する事約一里程、田川に架る田川大橋であります。
老朽化に因り架替が決定致しましたので、大谷方面を巡つた後に行つて見ました。
して、ぱつと見には別段古さも感じさせ無いのでありますが、實は此物件、昭和廿九年の架橋であります。
當時は砂利敷の道路でありましたし、交通量も自ずと知れる程度でしたでせうが、此は案外立派な幅員を有してゐた橋なのでは無いでせうか。
中央線が引かれる位でありますし。
其がまさか此處迄交通量が増えるとは露共思は無かつたでせうから、高欄等は一見華奢な感じに見えますし、安全基準等々色々な事情で架替致し方無しと云ふ處だと思ひます。
では此方、右岸側から見て行きます。 |
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田川大橋。
手荒く細い親柱でありますが、後年に成り歩道橋が出來ましたので、其時に大膽に切磋され斯う云ふ姿に成つたのだらうと推察致します。
まあ、殘して措いて呉れてゐるだけ御の字と云ふ處でせうか。
其にしましても滿身創痍と云ふ感じでありますかね、色々と大變さうな姿であります。呵呵
否、歩道橋側の路面上の鐡板から察しますに、若しかしますと後年迄元々の姿だつたのかも知れません。
其が通行の邪魔と云ふ理由で斯う成つた共考へられる状況の樣な氣がし無いでも無いであります。 |
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田川。
之が唯一、建造から半世紀以上經つた今でも原型を留めている親柱だと思ひます。
まあ多少の缺けは仕方が無いと思ひますが、混凝土の土臺部分にしましても、手荒く綺麗な儘だと思ひます。 |
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鈑橋であります。
昭和廿九年に此距離を一徑間の鈑橋で結ぶと云ふのは凄いなと思ひました。
而も縱に補剛材が附てゐるとか、何か鐡道橋で見る樣式と同じだなと思ひました。
而も、丁度中間地點に一本多く補剛材が附てゐると云ふ事は、途中で鋼材を繋いでゐるのか、其共力學的な理由か何かで、なのでせうか。
と云ひますか、橋臺の下の方に何やら見掛無い構造物が覗いて居ります。 |
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ええと、此橋臺は一體如何云ふ事でせうか。
先づ、四つの突起物の意味は何なのでせう。
其に桁が乘る部分の混凝土も新しい感じが致しますし。
若しかしまして、元々木橋だつた橋臺を改修して其儘利用してゐるとかなのでせうか。
して、四つの突起物の部分には元々穴が開いてゐまして、其處に木橋の梁が刺さつてゐた跡だつたのを、
後年に成り強度を保たせる何等かの方法で埋めた、と云ふ事なのでありますかね。
其に親柱の基礎の部分近くの石積も手荒く不自然でありますから、其邊も上手く改修したと云ふ事なのでせう。
多分。 |
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昭和廿九年建造の工事銘板であります。
此當時は-螺旋では無く六角螺旋を使つて取附ていたのでありますね。
と云ふ事では無く、戰後、新字體の施行以降である昭和廿九年に、未だ舊字體を遣つてゐる銘板が見られたと云ふ事が幸せであります。
若かして、正式の文章には未だ未だ舊字體が正字體だと云ふ事だつたのでせうか。
て云ふか、川嵜重工業つて、丸で汽車でも見ている樣な感覺であります。 |
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高欄は鐵管とL字型の鋼材を使用した物でありますね。
でも、ふと思つたのでありますが、此年代以降の物依り頑丈だつたのでありますかね、何か、自動車が打當つて手荒く壞れたと云ふ事も無い樣でありますし。
但し路盤の方はがたがたでありますね。
橋臺と桁の繼目等は何度改修されたのでせう、之。
最後は伸縮裝置すら無い樣に舖裝が盛られて居りますが。
では左岸側へ移動致します。 |
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田川大橋。
流石に左岸側には自動車が打當つてゐるのでせう、御影石の親柱が見事に割れて居りまして、痛々しい姿に成つて居りました。
其と、右岸側の銘板とは明かに字體が違ひますので、此方の銘板は後年に成つてから附替られた物と思はれます。
何しろ、字體自體首長者の手書と云ふ感じでは無く、機械的でありますものね。 |
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田川。
はい。
あ、此細い親柱、若かして新に切出した物だつたのでありますかね。
併し鐡の高欄の爲に然程古い橋とは思は無かつたのでありますが、建造後六十年も經過してゐるとは想像だに致しませんでした。 |
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支承部分であります。
流石戰後物件、全て溶接で作られているのだなあと思つたのでありますが、鋲で留められている部分も有りました。
と云ひますか、多分補強か補修の何かと云ふ事なのでせうね。
其と矢張一つ氣に成りますのは、此方の先代は如何云ふ橋が架つてゐたのでありまかね。 |
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して、此方が歩道橋部分であります。
如何にも見慣た鈑橋と云ふ感じでありましてまあ、昭和四十年代以降の物なのだらうなと云ふ感じであります。 |
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昭和四六年三月建造でありますか。
否、寧ろ汽車製造株式會社と云ふ處に何故か目頭が熱く成る物を感じて仕舞ひます。
田川大橋はもう直其役目を終る譯でありますが、其前に寫眞に收める事が出來て幸ひでありました。
今迄御疲れ樣でありました、田川大橋。
以上、御附合有難う御坐いました。 |