2674年 3月 11日 探訪
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【其三】からの續きであります。 【現在地】 尤も、もうとつくの昔に當時の面影は消失して居りますが。 |
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嗚呼、其でも此處、産業道路に出る一寸手前でありますが、此松の木が嘗ての街道と云ふか、雜木林だつた面影を辛うじて殘してゐると云ふ處でせうか。 |
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其反對側、栃木縣廳産業勞働觀光部出先機關縣央産業技術專門校・・・嗚呼、長い・・・所謂訓校と云ひますか、其敷地の櫻との對比が綺麗なのであります。 併し栃木縣廳産業勞働觀光部出先機關縣央産業技術專門校に置いて在る自動車、ナンバアプレイトが獨特なのでありますが、所謂教材と云ふ事なのでせうか。 で以て、道路的には多分、左側の側溝の在る側の古い舖裝の幅が元々の幅員、と云ふ事ではありませんよね。 幾ら何でも狹過ぎますものね。 |
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して、産業道路と云ふか産業通りと云ひますか、多分地元では平出工業團地とだけでしか呼ば無いと思ふ通りとの交叉點であります。 此處は此通りに合はせて少し掘られてゐるのでせうか、若干下つて居ります。 其共、元々低く成つてゐる處に道を通したのでせうか。 不取敢、此處迄と此直ぐ一寸先のベルモウル前に通じる道迄は、結構馴染みの人も多い道だと思ひます。 |
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其先に成りますと、ぐつと交通量も減る感じであります。 如何やら、此處を通つて新四號迄出て仕舞はうと云ふ人は少い樣であります。 |
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工業團地の東端の道との交叉點であります。 此處から先は昔乍の風景と云ふ感じであります。 不取敢、拙もやつと落着いて自轉車で走れますよ。 |
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して、此處で實は舊々道は右手に分岐して行く樣なのでありますが、此時には其を知りませんでしたし、歸宅後に調べても、ほとんど消失してゐるのでありました。 如何行くのかと云ひますと、右手に下る樣なガアドレイルの處が舊々道であります。 でありますが、入つて直に小川を渡つたら消失して居りまして、さう、右手の棕櫚の木の傍に見える電柱の方に向つて行つてゐた樣であります。 と云ふ事は、舊道は土盛をして眞直進む樣に成つて居りますが、元々はさう云ふ工事をし無い儘に、丘に添つて下りてゐたと云ふ事なのだと思ひます。 併し、ねえ。 否、拙も最初は右手のガアドレイルを疑つたのでありますが、入つて直に民家の庭先でありますのも思ひ過しかと思つて入りませんし、 普通さうでありましたら寫眞も撮りませんよね、實際。 と、言ひ譯して措きます。 だつて、ぱつと見に道何て無いでせう。 |
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でありますので、舊々道消失區間の舊道を進みます。 此區間の道、昭和八年の地圖では既に確認出來るのでありますから驚きであります。 さう考へますと、浪漫でありますね。 此方廿世紀初頭に出來た、所謂バイパスでありますもの。 |
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【現在地】 道の幅員の不自然さもアレでありますが、此右手から合流して來るのが舊々道であります。 現在地の地圖を見て戴いて左手、三峯神社の前で分岐して途切れてゐるのが舊々道でありまして、養魚場の南側を通り、 地圖の儘電光形に此處へ出て來ると云ふ道筋だつた樣であります。 |
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之は、待避所でせうか。 何か元々は曲線だつた處なのでは無いかとか疑つて仕舞ひます。 【其五】に續く。 |