2675年 6月 2日 8月 25日 探訪
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【其六】からの續きであります。 【現在地】 此邊は多少擴幅されてはゐるのでせうが、緩い折具合は良い雰圍氣であります。 |
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おヽ、砂利敷が素敵であります。 之で電柱が木でありましたら悶絶物でありました。 |
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多分此處から先が當時の雰圍氣を殘してゐると思はれるのでありますが、 |
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先の農協の倉庫の處迄消失してゐるのでありますよね。 因に、農協の倉庫が出來たのが昭和五十年代前半頃、此處の部分が消失したのは昭和五八年前後の頃の樣であります。 |
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【現在地】 では、農協の倉庫裏から再開であります。 |
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併し未舖裝つて良いでありますね。 車輪の附てゐる乘物には一寸アレでせうが、徒歩でありますと膝への負擔が少くて心地良いであります。 |
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登る樣にして現道と合流するのでありますが、何か之が當時の線形とは思へ無いのであります。 多分、此儘信號機の方へ直進だつたのでは無いかなと推察致します。 |
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とは云へ、さう云ふ痕跡は現状皆無、と云ひますか昭和廿一年の航空冩眞で見ても皆無でありますので、此折具合が元からと云へ無くも無いと云ふ處でせうか。 嗚呼、昭和廿年代、か。 以下省略。 |
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【現在地】 此處、石塀が切れた處から右手の林の方に、さう、丁度ガアドレイルの曲り具合と同じ感じに斜に進む樣でありますが、御覽の通り勿論消失して居ります。 因に、此處の部分は8月25日に再訪しての畫像であります。 |
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して、ほら、彼處が道の跡であります。 |
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折角なので御邪魔して辿つて見ます。 |
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おヽ、辛うじて道形が殘つてゐる、と云つて良いでせうか。 【其八】に續く。 |