 |
此方は荒川と内川の合流點から内川を約五百米程遡つた處に架る、元々は國道二九三號、現在では栃木縣道七四號線の橋であります。
連城橋は流石に交通量が多くてアレでありましたが此方は大丈夫、手荒く注意しつつ正面から撮る事が出來ました。
ぱつと見には大凡連城橋と同年代頃だらうとは思ふのでありますが、扨、其實如何なのでせう。
不取敢此方、右岸側から見て行きます。 |
 |
内川。
字體が素敵であります。
良く見ると正面側も平面では無く、若干角度を附てゐるとか、銘板の取附方にしろ、結構凝つた意匠でありますね。 |
 |
其親柱の横には、施工業者の銘板が取附られて居りました。 |
 |
旭橋。
旭の字が特徴的な印象であります。
併し上部が缺けたのは最近の事なのでせうか、未だ破片が落ちた儘であります。 |
 |
六徑間の混凝土桁橋であります。
ううん、之は多分T字桁でせうか。
併し隨分と中央部分が盛上る樣に架橋されて居りますが、斯う云ふ場合つて、出來るだけ川牀から離し度いけれど色々と制約が在る場合、と云ふ事なのでありますかね。
では左岸側へ移動します。 |
 |
昭和三十五年三月卅一日竣功。
だからあ、日附だけ其つて如何なのでせうね。
面白いので個人的には大好きでありますが。
唯、戰後生れの若人には、いざ讀めと言つて何れだけぱつと讀める人が居るのかが一寸興味深い處ではあります。 |
 |
高欄は混凝土製の細身の管を二本使つた意匠であります。
併し結構な斜度でありますよ。
混凝土路盤と相俟つて、之雨の日とか滑ら無いで止れるのか一寸心配であります。
多分に當時の姿の儘と云ふのは素敵なのでありますがね。 |
 |
あさひばし。
「し」の書方が手荒く素敵であります。
何と無く江戸時代を彷彿とさせる樣なと云ひますか、へのへのもへじの樣な遊び心が有ると云ひますか、上手い表現だなと思ひました。
併し親柱の上部の壞れ方が激しいでありますね。
御蔭で如何云ふ構造に成つてゐるのかが分りますけれども。
扨、年代的に考へた處、舊橋は何處に架つてゐたのだらうと思つたのでありますが、直ぐ下流側に架つてゐた樣であります。
道理で市街地側の數件が何か道路依り奧まつてゐると思つたのでありますが、此方を架けるに當り、線形の附替と擴幅も行はれてゐた樣であります。
まあ、中々に風情が有る良い物件でありました。
以上、御附合有難う御坐いました。 |