2681年 2月 9日 探訪
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此方は
【小山市田川 名稱不明橋】
依り二キロ強程田川を下つた處に架る橋であります。 【小山市田川 舟戸大橋】 側の田川放水路を田川の新河川と考へますと、此方は舊河川に成るのでありますが、現在でも田川の名稱其儘と云ふ事は、正式な田川は此方の儘と云ふ事なのでせう。 と云ふ事は、今市市の古大谷川とは當然の樣に違ふ成立でありますね。 扠、ぱつと見 【矢板市荒井 中橋】 にも似た樣な印象でありますから同世代の橋かと思ひますが、其實如何でせうか。 と云ふ事で此方、左岸側から見て行き度いと思ひます。 |
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昭和39年6月竣功。 行也竣功年の銘板で嬉しい限りでありますが、親柱自體面取のし方等結構凝つた意匠であります。 下の方は可也痛んで居りますが、鐵筋の入方等が分り、或る意味有難いであります。 |
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伝河原橋。 若かして難讀橋名に成るのかと思ひましたが、小山市の橋梁點檢結果を見ました處、素直に「デンガハラバシ」でありました。 |
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高欄は鐵管を二本使用しました上に、斜に成つた柱が特徴的な意匠であります。 |
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排水桝は地覆側に拔てゐると云つた處であります。 では右岸側へ移動致します。 |
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昭和39年6月竣功。 兩岸で對稱配置でありますね。 |
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近接して銘板を撮影致しました。 |
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伝河原橋。 河川名表記が無いとは、一級河川なのに丸で用水扱ひでは無いかと思つたのでありますが、或る意味さうなのでせうか。 |
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横から見ました處、二徑間の混凝土牀版橋でありました。 石積の翼壁が素敵な橋臺と、梁部が大きいパイル形式の橋脚が中々に素敵であります。 年代的に舊橋の痕跡が何處かに殘つてゐるのでは無いかと思ひまし度が、殘念乍分りませんでした。 併しまあ、護岸は整備されてゐるとは云へ、元々の田川の雰圍氣を殘してゐる儘に戰後の混凝土橋が架つてゐると云ふ景色は手荒く素敵であります。 以上、御附合有難う御坐いました。 |