2683年 12月 18日 探訪
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此方は
【鹽原町關谷 舊猿岩橋跡】
の直先、
【鹽原町關谷 名稱不明橋】
の新道に當る隧道であります。 此前迄現役と云ふか、まあ其な感じでアレでありましたが、舊道化しましたのでじつくり見られたと云ふ譯であります。 と云つても名稱不明橋中心に見ましたので簡單にではありますが、不取敢南側から見度いと思ひます。 |
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舊々道側、名稱不明橋の手前迄は然程上つて居りません、其也の幅員も御坐いますので、矢張橋附近に崩落が有つたのだらうと思はれます。 |
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猿岩洞。 混凝土造でありますが、石積を模した意匠が施されて居ります。 結構痛んで居りますが、此所は大型貨物車同士が擦違ひ出來無い位でありますので、荷臺上部が良く打當つてゐたからでせう。 併し、「隧道」や「トンネル」では無く「洞」なのでありますね。 |
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内部は昭和四十年代前半頃迄で御馴染の型枠で作られて居ります。 擦傷は上記の理由からでありますが、元々鹽原は行止りでありましたが、山王トンネルが出來て上三依、田島方面に拔られる樣に成りましたので、 國道四號から會津、新潟方面に拔る自動車が激増した爲、造の古さが露呈した結果だと思はれます。 |
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昭和二十九年九月竣功。 入口左側に工事名板が附て居りました。 まさか昭和廿年代だとは露も思ひませんでした。 |
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北側は扁額も石積的な意匠も無く成つて居りましたが、多分之は補修に次ぐ補修でだらうと推察致します。 序でに見た程度でありましたが、まさか卅年代では無く廿年代でありましたのに驚きました。 御蔭で良い物が見られて手荒く滿足でありました。 以上、御附合有難う御坐いました。 |