2673年 11月 19日 探訪
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【其一】からの續きであります。 【現在地】 丸で昭和の風景。 |
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對向車の車種を見て御分り戴けると思ひますが、中央線が引かれてゐるとは云へ、結構狹いのであります。 |
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線形的には手荒く素敵なのでありますがね。 |
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栃木縣道一五九號線との合流であります。 此邊、安全性確保の爲か歩道が設けられて居ります。 |
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但し逆面(サカヅラ)交叉點近邊のみでありました。 まあ、バイパスも出來ますから平和に成るので大丈夫でせう。 多分。 して、再び如何にも舊規格と云ふ幅員に戻ります。 |
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之だけ狹い道を朝夕の通勤、歸宅時間帶は自動車が連成つて時速八十キロ近くで走り拔けるのでありますから、狂氣の沙汰だと思ひます。 斯う云ふ場所では子供達は疎か、大人だつて何時交通災害に遭ふか、氣が氣では無いと思ひます。 でありますので、バイパスが出來れば、不取敢は一安心出來るのでは無いでせうか。 と云ひますか此處、四十キロ制限でありますよ。 て、おや、塀の色がアレなのは何故なのでせう。 まさか見事に自動車が飛込でアレだつた、と云ふ事でせうか。 怖いでありますねえ。呵呵 |
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丁度此邊に昭和卅年頃迄は舊々道と思はれる分岐が在つた樣でありますが、今では其痕跡はさつばり分りません。 |
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此方の樣に、部分的に廣いのは集落内だからでせうか。 此寫眞では一切自動車が冩つて居りませんが、偶々の頃合だつたと云ふだけでありまして、ずつと冷汗物のサイクリングなのであります。 處で、若かしますと、黄色い進入防止柵の邊が舊々道の合流地點かも知れません。 |
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藏は大谷石造り。 見事であります。 |
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左手の擴がりは此道を舊道と致しますと、舊々道の痕跡であります。 昭和卅六年の航空寫眞では、既に現在の線形に成つて居りました。 |
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して、此處からが宿田原の中心部であります。 と云ひますか之、大型車同士の擦違ひつてぎりぎりでせうね。 【其三】に續く。 |