2673年 6月 4日 2676年 3月 1日 探訪
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市ノ堀用水を遡り鹽谷町に入りますと、氏家町では見掛無い型の、斯樣な農用道橋を見掛る樣に成りますが、結構な本數が在りました。 して、今囘は其中でも古物件と思ふ物、確か十五本程を出來る限り取上て行かうと思ひますが、扨、頑張つて行きませうか。 最初は此方、大久保地區の橋であります。 分水工から百米程の處に在ります橋でありまして、如何にも規格橋の典型例と云ふ形と、古初期のガアドレイルの組合せが良い味はいを釀し出して居ります。 |
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ガアドレイルの取附方が何共ね、良い時代を偲ばせます。 因に、ガアドレイルの取附螺旋は+でありました。 唯、此部分の市ノ堀用水(松川)の完成間近、昭和四一年頃には架橋されてゐる筈でありますから、後年に成つて何か改修されてゐるのでせうか。 |
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此方は先程の橋から三百米程上流側、現役物件であります。 通行の便を考慮してか、兩側が廣がつてゐるのが親切設計と云ふ感じでありますかね。 |
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此方は区画整理若くは圃場整備に因り道路から隔絶されて仕舞ました。 |
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初囘訪問時には確認出來無い程に草生して居りまして、ほぼ完全に廢物件と化して居ります。 |
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之は其先、先程の橋から二百米程先の橋の冩眞なのでありますが、横から見ますと斯う云ふ感じの鐵桁の橋であります。 |
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其が此方、農用道橋として現役であります。 |
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勿論、當然の如く廢橋の樣に成つてゐ度りする物件も在ります。 |
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此方は錆のグラデエシヨンが綺麗であります。 |
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此方現役、なのでせうね。 |
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して、此處で初めて「トピー工業」と書かれてゐる事に氣附いたのであります。 【後篇】に續く。 |